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習慣を変える前に、私が知らなかったこと
これまで何度も、「今度こそ変わろう」と思ってきました。
早起きをしよう。運動を始めよう。本を毎日読もう。
そう決めた日は、不思議と気持ちが高まります。新しい自分になれるような期待もあります。
けれども、数日経つと少しずつペースが乱れ、やがて「まあいいか」と元の生活に戻ってしまう。
そしてまた、「続かなかった自分」を責める。その繰り返しでした。
当時の私は、「正しい方法を知らないから続かないのだ」と思っていました。
もっと効率のいいやり方があるのではないか、強い意志を持てばできるのではないか、と。
しかし今振り返ると、本当に足りなかったのは方法ではなく、「考え方」だったように思います。
変えようとするほど、力が入りすぎていた
習慣を変えようとするとき、私たちはつい大きな目標を掲げがちです。
毎日30分運動する。
毎朝5時に起きる。
1日1冊本を読む。
どれも立派な目標です。けれども、日常の中に急に組み込むには、少しだけ重いこともあります。
私はいつも、「今日からきっちりやる」と決めていました。
少しでも崩れると、「もうダメだ」と感じてしまう。白か黒かのどちらかしかないような考え方をしていたのです。
その結果、三日続いたとしても、四日目にできなければゼロになった気分になっていました。
続かなかった原因は、意志の弱さではなかった
以前は、続かない理由をすべて自分の意志の弱さにしていました。
けれどもよく考えると、仕事が忙しい日もあれば、体が重い日もあります。
気分が乗らない日もあれば、予想外の予定が入る日もある。
毎日同じ条件がそろうことのほうが、むしろ少ないのではないでしょうか。
それなのに、「昨日と同じように今日も完璧にやらなければならない」と考えていた。
無理があったのは、自分の性格ではなく、前提の置き方だったのかもしれません。
私が知っておきたかった、たった一つの考え方
もしあの頃の自分に声をかけられるなら、こう伝えたいと思います。
「習慣は、毎日完璧に続けるものではなく、戻ってくるものだ」と。
続けることよりも、「やめてしまったあとに、もう一度戻ること」のほうが大切だという考え方です。
この視点を持てるようになってから、私は少しだけ気持ちが軽くなりました。
できなかった日があっても、それは終わりではない。
また次の日に、小さく始めればいい。
そう思えるようになると、挑戦そのものへの怖さが減っていきました。
「戻ってくる習慣」という考え方
習慣は「一度も途切れないこと」が理想だと思っていました。
けれども現実は、必ずどこかで途切れます。
忙しい日もあれば、体調が優れない日もあります。やる気がわかない日だってあります。
そのたびに「もう続かなかった」と区切ってしまうから、習慣が長く根づかなかったのだと、今は思います。
途切れる前提で考えてみる
もし最初から、「人は途中で止まるものだ」と考えていたらどうでしょうか。
三日坊主になっても想定内。
一週間休んでしまっても想定内。
やる気が落ちる時期があっても想定内。
そう考えるだけで、失敗の重さはずいぶん軽くなります。
習慣を「崩れてはいけない塔」のように扱うのではなく、「何度でも立て直せる積み木」のように捉える。
その違いは、思っている以上に大きいと感じています。
完璧主義が生まれる理由
なぜ私たちは、つい完璧を求めてしまうのでしょうか。
それはきっと、「ちゃんとやれば変われる」という期待があるからだと思います。
本気で取り組めば結果が出る。
毎日欠かさず続ければ成果につながる。
その考え自体は前向きです。
ただ、それが強くなりすぎると、「できなかった日は無意味だ」と感じてしまうことがあります。
白か黒か。できたか、できなかったか。
その二択で自分を評価してしまうと、習慣は途端に重たくなります。
本来はグラデーションのはずなのに、いつの間にかゼロか百かで見てしまっていたのです。
小さく始めるというより、「小さく戻る」
よく「小さく始めよう」と言われます。
もちろん、それも大切な考え方です。
けれども私にとっては、「小さく戻る」という視点のほうがしっくりきました。
例えば、毎日30分歩こうと決めたとして、数日できなかったとします。
そのとき、「また30分やらなければ」と考えると少し構えてしまう。
でも、「今日は5分だけ外に出てみよう」と思えたらどうでしょう。
それは元の目標よりもずっと小さいかもしれません。
けれども、「戻ってきた」という事実は残ります。
習慣は、強い意志で押し続けるよりも、何度も優しく戻るほうが長く続くのではないか。
そんなふうに感じるようになりました。
できなかった日をどう扱うか
以前の私は、できなかった日を「失敗」として記憶していました。
しかし今は、「休んだ日」や「別のことを優先した日」と捉えています。
生活の中では、優先順位が変わるのは自然なことです。
その日その日で、目の前にあるものに向き合うことも大切だからです。
習慣だけを特別扱いせず、日常の流れの一部として扱う。
それだけで、心の負担はずいぶん変わります。
考え方が変わったとき、習慣との向き合い方も変わった
「習慣は、毎日完璧に続けるものではなく、戻ってくるもの。」
この考え方を持つようになってから、私の中で大きく変わったのは行動そのものよりも、気持ちのあり方でした。
以前は、できなかった日があると、それまで積み上げたものが崩れたように感じていました。
今は、少し間が空いても、「またここから始めればいい」と自然に思えます。
その違いは、とても静かですが、確実に日々を軽くしてくれました。
続けることの本当の意味
私は長い間、「続ける=止まらないこと」だと思っていました。
けれども今は、「続ける=何度でも戻ること」だと考えています。
人の生活は一定ではありません。
忙しさも気分も、日によって揺れ動きます。
その揺れを無視して無理に固定しようとすると、どこかで負担が大きくなります。
揺れながらでも、また戻る。
少し離れても、また手を伸ばす。
それができていれば、形はゆるやかでも「続いている」と言えるのではないでしょうか。
大きな変化より、小さな安心感
この考え方を持つようになってから、劇的な変化が起きたわけではありません。
急に生活が整ったわけでも、毎日理想通りに動けるようになったわけでもありません。
ただ、「できない自分」を強く責める時間が減りました。
その代わりに、「今日はここまでできた」と受け止める時間が増えました。
大きな成果よりも、小さな安心感。
それが、習慣を続けるうえで思っていた以上に大切だったのだと感じています。
これから習慣を始める人へ
もしこれから新しい習慣を始めようとしているなら、最初に決めておくといいことがあります。
それは、「途中で止まっても大丈夫」とあらかじめ自分に許可を出しておくことです。
止まらないことを目標にするのではなく、止まったあとに戻ることを前提にする。
その前提があるだけで、挑戦のハードルはぐっと下がります。
できない日があっても、それは終わりではありません。
一度手放しても、また手に取れば、それは再開です。
たった一つの考え方が、土台になる
習慣を変えるための方法は、世の中にたくさんあります。
時間の使い方、記録の取り方、目標の立て方。
どれも役に立つものばかりです。
けれども、その土台となる考え方が整っていないと、どんな方法も長くは続きません。
「習慣は戻ってくるもの。」
このたった一つの考え方を知っていれば、うまくいかない日があっても立て直せます。
そして立て直せるという安心感があるからこそ、また一歩を踏み出せます。
完璧でなくていい。
少しずつでいい。
止まっても、また戻ればいい。
それが、私が習慣を変える前に知っておきたかった、たった一つの考え方です。


